暴露します!死ぬ前に☆彡第三弾!
暴露します!死ぬ前に☆彡 第三弾!
☆創価学会員の存在こそが不幸の根源
わたくしが死ぬ前にこれだけは世間様にお伝えしなければならない!
それは父が酷い目に遭った事件だ!
わたくしの父は昭和8年生まれ茨城県水戸より上京してアルバイトをして学費を貯めて
早稲田大学文学部哲学科を卒後した。
学生の頃からアルバイトをしていた東京駅にある「東京中央郵便局」に就職した。
当時は国家公務員だったのだ。
父の性格は真面目で頑固・努力家でお酒も飲めないしタバコも吸わない。
本当は小説家になりたかったのでいつも本ばかり読んでいつも勉強していた。
因みにわたくしの誕生日は7月23日で「文月」(ふみづき)の「ふみの日」生まれ
上出来な父親である。
そんな貴方の娘は今、ようやく仇討ちをする文章を書いて今から皆様にお伝えするのだ!
父は調整課の課長だった。
それはわたくしが高校1年生の時のこと。。。
家に帰ると何やらお客様が来ていた。
職場の部下だった。
そしてその隣には派手な服と濃い化粧の女が部下の隣にぴったりと寄り添っていた。
そういうダラシナイ人を大嫌いな母は居間に入ったわたくしを直ぐに
追い出した。
子供ながらに我が家には縁の無い客で不穏感を覚えている。
結果からお伝えすると。。。
父の部下は調整課のカメラを借りて私的に使用しそのカメラが盗難されて
返せなくなった!とのこと。
その責任を父が取ることになったのだ!
その謝罪で我が家に来たようだ。
変な女と一緒に。。。
その部下と女が何と!「創価学会員」だったのだ!
母は田無市の郵政宿舎でも3号棟の婦人から「折伏」をしつこくされ断固お断りをして来た。
そんな母は大激怒だった!
母はそれから怒り狂って額に二本の角が生えるが如く顔まで鬼のように変形した。
その後我が家にあったCanonのカメラもなくなった。
どうしたのかはわたくしは聞かなかった。
わたくしが小学生の頃から天体の写真を撮影してきたカメラだった。
当時わたくしは東京代表高校のバレー部で毎日練習特訓で写真からは離れていた時でもあったので深くは聞かなかった。
それから父は少し人が変わってしまった!
お給料とは別に出るお手当を母に持って来なくなったのだ!
郵政宿舎に住んでいるので宿舎のご婦人たちからの立ち話でも耳に入るので
隠し事などできないのだ。
そのことを母が父に問い詰めると温厚な父が人が変わったように
「うるさい!忙しいんだ!」と母を避け母と話もしなくなり
遅く帰りお風呂に入ってご飯食べたらすぐに寝てしまうという日々が続いた。
母も我慢できず父が出勤する時に問い詰めると父は「うるさい!」と今度は
玄関先に置いてあった「ゴルフクラブ」を持ち母に殴ってから出勤する日々が続いた。。。
わたくしは朝から父と母の喧嘩の仲裁に入った。
父の暴力を見てだんだん家にいることが怖くて仕方なかった。。。
父は口下手だから母にも上手く辛いことを言えなかったに違いない。
母は乳癌と子宮頸癌を患い入院と通院の生活になった。
しかし母は強く耐え抜いて病も乗り越え87歳まで生きて最後がとても穏やかな美人さんだった。
父はイザとなると優しいのだ。。。
もともと水戸徳川家だが脱藩して1858年「孝明天皇」の許可がないまま
アメリカ公使ハリスの圧力で「無勅許調印」を断行し「日米修好通商条約」し開国した、
彦根藩主「井伊直弼」を桜田門外の変で暗殺に成功した隠密司令塔だった。
脱藩後色々抹消されて「棚井」という苗字と名乗る父方の家系だ。
その後日本を強くする為徳川家では密かにロシア人などの混血人種を生む計画があった。
父の名前「吉尊」(よしたか)は「吉子女王」を尊敬する一文字と証で名付けられた。
「吉子女王」とは日本の皇族。
第10代藩主・徳川慶篤、最後の征夷大将軍「徳川慶喜」の母で徳川吉子である。
江戸時代の皇族で「霊元天皇」の第7王子である。
わたくしの「厚子」という名前は徳川慶喜の側室「中根幸」との子供で慶喜の事実上の
長男として育てられた「徳川厚」から名付けられた。
その後幕末の日本は内乱が絶えず挙句の世界大戦へと戦争が拡大していった。
その激動の中でロシア系ユダヤ人で最後はフランス国籍になった画家との子供が
「吉尊」である。
父は色素が薄く酷い近眼だったが、瞳の色も薄い茶色でとても綺麗だった。
第二次世界大戦の時には体の弱い父だけが兄弟とは一人だけ別の疎開先に行き、
泥水の中を泳ぐ訓練をさせられたという。
泳ぎが苦手な父は何度も何度も泥水を泳がされて目と鼻を痛める事となった。
晩年父の片目はほとんど見えなかった。
鼻も病院に通い続け鼻をいつも洗っていた。
おじいちゃんになっても鼻水をかんで鞄の中はいつもティッシュでいっぱいだった。
そんな悲惨な戦争を日本はもう一度巻き込まれたいのか?
軍事費にまわす金があったらもっと復興支援資金や高齢者の未来の為の都市づくりに
充てるべきだと思うのだ!
しかも勝手に解散総選挙で国民の税金を「850億円」を費やすのだ!
このくそ寒い時期に!雪国では誰も演説など聞きに行けず、選挙管理委員会の候補者看板さえ雪が積もり見えない状況である。
高齢者を蔑ろにし雪国を蔑ろにし、選挙に出馬する人も応援する人への配慮も何も無い「解散総選挙」に有権者の人は「人と思われていない」ことに気が付くべきである!
それだけではなく野党で「中道改革連合」なる社会を混乱させる政党まで誕生する始末。
自公連立この30年余りに貧富の格差がはっきりと二極化となり、
中国人から帰化した政治家と支持母体・新興宗教関連企業が利権に甘んじて富裕層になるという社会の仕組みを作ったのである。
中間層は会社を倒産に追い込まれ、給料は上がらず物価は高騰して底辺の生活苦をなんとかやりくりして過ごす厳しい毎日なのである!
そんな苦しい生活の上にこれ以上軍事費などにまわせるわけがない!
日本人を弱体化して既に帰化人により30年間政治の中心にいた帰化政治家に日本は乗っ取られているのか?
自民党に振られた金魚の糞は「良いことだけを言い、良い人柄のアピール」作戦に躍起になっているが、ただの腰抜け政治家であり中国に大金を支払い中国の奴隷になり下がった輩たちなのだ!
かつて父の部下の「創価学会員」が職場のカメラを盗みその後始末を父のせいにされた
仇討ちを今、この時に娘のわたくしは果たす!
その後父は東京中央郵便局から小さな町の郵便局を転々と配属されて
最後は副局長止まりで終わった。
しかし父の頭の良さと堅実さ真面目さで信用されて公益財団法人日本郵政趣協会で働き続けた尊敬する自慢の父親である。
わたくしの結婚式では新しいカメラを買い一生懸命写真撮影をしてくれた。
水戸っ子の根性とユダヤ人の頭の良さと優しさを兼ね備えた口下手な父だった。
わたくしも子供の頃から意地悪されるのは「創価学会員」だった。
中学生の時のバレー部の〇脇や高校バレー部の山〇先輩などなど
職場でも。。。
そしてわたくしは父の仇討ちで19歳で創価学会に入会して
創価学会の組織の中でも意地悪され
2000年7月23日に自分が折伏した夫と結婚して
2016年に夫と共に創価学会は悪の根源と判断して脱会
2026年は「創価学会脱会」してから10年の節目を迎える。
脱会してからも「創価学会」からの嫌がらせがあった。
わたくしは28年間「創価学会」の組織活動を真剣に戦ってきた答えを出したまでだ!
そのわたくしが悪の根源を暴くのである。
わたくしは脱会後独りで戦って来た。
夫も守って来た。
そして。。。
死んだ母は癌を放射線治療で治した。
社会の癌は日本にまた原爆という放射能汚染を落とされて治した方が良いのか?
今、真剣に日本の未来を考えなければならないと思う。
投票した政党に未来を託せるのか?
それとも日本という国を捨てるのか?
その答えは、
社会の「癌」を取り除くことだ!
2026年1月31日(土)
厚光